「明日、野球見に行こうか」
2歳半のイチローにそう話しかけると、決まって、
「高校生?」
と問い返します。この春、甲子園球場へセンバツ大会を見に行ったり、横浜高校のグラウンドへ練習試合を見に行ったことで、イチローはすっかり高校野球のファンになっています。
「高校生じゃなくて、大学生」
そう答えると、イチローは、
「早稲田? 行きたーい、行きたーい」と飛び跳ねます。神宮球場で何度も観戦している早稲田大学も、イチローは大ファンなのです。2日に1度は、
♪しむる者 我らぁ 早稲田 早稲田 覇者 覇者 わせだぁ~
と口づさんでいます。早稲田の応援歌『紺碧の空』も超お気に入りとなっています。
初めて、早稲田大学の試合を見に行ったのは、05年5月14日(土)のことでした。イチローは、当時1歳半です。
この日、早稲田対明治は二試合目で、午後2時開始の予定でした。自宅から1時間半かけて神宮球場へ着いたのは、11時半ぐらい。時間的に余裕があったので青山通りの「ONY」でおにぎりを買い、球場近くのビルのテラスで腹ごしらえをすることにしました。そのテラスには噴水もあって、空は五月晴れ。ちょっとしたピクニック気分かなと思ったのでした。
ところが、それが大きな間違いでした。食べ終わってゴミを片付けていると、イチローがパパッと歩き出しました。「あっ」と思った時には手遅れで、噴水の池に右足がズルッ。続けて左足もバシャ。そして、ジャボッと水の中に座ってしまいました。
小さな子供を連れていると、「まさか」と思うことが起きるんですよね。今なら、必ず着替えを持参していますが、当時は、パパローも新米パパ。おむつの替えは持っていても、着替えまではリュックに入っていませんでした。
「どうしよう」
イチローを抱っこしながら、そう思ったパパローの頭にふと浮かんだのは、インドで見た光景でした。パパローは取材や遊びで、アジアだけでも20カ国近くに行っています。インドの田舎では、おばちゃんたちが大きな岩の上に洗濯物を並べ、乾かしていました。
「これだ! さあ、イチ、ズボンと靴下脱ごうか」
五月晴れの空からは、太陽の光がサンサンと降り注いでいます。さっそくズボンや服を脱がせ、石のオブジェの上に並べました。そして、干したズボンの上からパンパンと叩き、水分をコンクリートに吸収させます。パパローが、
「やっぱり、いろんな国に行っておくものだ」
と一人で悦に入っていると、イチローのちっちゃな声が聞こえてきました。
「あちゅい、あちゅい」
焼けた石の上でイチローが、お尻をモゾモゾさせていました。ありゃりゃ、イチローまで乾かすところでした。慌てて抱きかかえ、
「ゴメン、ゴメン。でも、こうしないと野球が見られないからね」
そう謝ると、イチローはコクンとうなづき、けなげにも、
「イチも」
と言うではありませんか。それからは、親子で手を揃え、靴下やズボンをパンパン叩きました。東京のど真ん中で、石のオブジェを叩いている変わった親子。見かけた人がいましたら、私たちでした。もっとも、その場所が、球場へ向う通りからは少し引っ込んだところにあったのが、せめてもの救いでしたが……。しかし、親子の共同作業の甲斐あって、ズボンや靴下は30分もすれば乾きました。インドのおばちゃんの知恵は、やはり偉大です。
やっと球場に入ると、まずは、バックネット裏へ。早稲田の3番打者は、その年の秋、ヤクルトスワローズの希望枠だった武内晋一選手。先発ピッチャーは、翌年のドラフト候補の宮本賢投手です。ネット裏には、たくさんのスカウトが来ていました。そこで、パパローの知り合いの横浜ベースターズや読売ジャイアンツのスカウトに「はじめまして」のご挨拶。将来、イチローがお世話になるかもしれないと、パパローの手が汗ばみました。スカウトの方々には、やっぱり、「マツイイチロー」という名前は大ウケで、まあ、「つかみはOK」というところだったでしょうか。スカウトの頭の片隅に、名前だけは色濃くインプットされたはずです。
イチローは、しばらくパパローのヒザの上で試合を見ていましたが、すぐにモゾモゾ動き始めます。パパローはリュックからスコアシートを一枚出して、イチローに落書きをさせました。それでも動きたくて仕方ないイチローは、やがて客席を歩き始めます。急な階段を上がったり、下がったりするので、パパローは後をついて歩かなければなりません。すると、突然、阪神タイガースのスカウトの前で、ピッチングの真似をするではないですか。阪神のスカウトは、かつて阪急ブレーブス(現在のオリックスバッファローズ)の豪速球投手だった山口高志さんです。パパローにとっては、山口さんが関西大学のエースとして大学日本一に輝いて以来のヒーローでもあります。その山口さんが、イチローの投球フォームを見てニコッと笑ってくれました。
「おう、もうアピールか、大胆な」
そう思うと、パパローは全身がしびれ、まともに立っていられないほどでした。
それから、イチローは内野席中段の通路を歩き、早稲田側の客席へ行きました。そして、早稲田ファンのおじさんたちと一緒に拍手をしたり、大声を出し始めました。1歳半の幼児が、そんなことをしていると、とても目立ちます。イチローの姿を見て笑ったり、声をかけてくれるおじさんもいました。すると、イチローはうれしくて、ますます大声を張り上げて、何やら叫んでいます。
「初めての観戦で、早稲田ファンになったかな」
早稲田はパパローの母校でもあるので、ちょっぴりジーンとくるものがあります。パパローの学生時代にも、よく応援に通ったものでした。学生応援席を見ると、昔と変わらず、詰め襟の応援団が声を張り上げ、ポンポンをもったチアーリーダーが踊っています。若い学生たちをぼんやりと眺めながら、パパローが20年以上も前の学生時代を思い出していると、
「ゲーッ」
イチローが、早稲田のチアリーダーに向って突進して行くではないですか。「ちょっと待って」と大声を出すのは、恥ずかしすぎます。叫んだところで、イチローが待つはずもありません。全力疾走して、追いかけるしかないんです。チアリーダーも、この緊急事態に気づいたようですが、踊り続けるしかないでしょう。イチローがまともに彼女にぶつかっていったら、一体どうなるのでしょうか。
パパローは、必死に追いかけました。まるでラグビー選手のようです。イチローの腕に手をかけたのは、チアリーダーのわずか1メートル手前。すんでのところで、イチローを抱きかかえることに成功しました。
「こんにちは」
とチアリーダーに挨拶している場合ではありません。パパローとしては、とにかく頭を下げるしかありませんでした。客席は、もう大爆笑です。イチローも、ケラケラ笑っています。パパローの顔は真っ赤でしたが、なぜか、心は妙に落ち着き、しぜんとイチローの頭をなでなでしていました。なんだか、不思議な気分でした。パパローは、これまで球場で素晴らしい試合やシーンを見て幸せな気分に浸ったことは数えきれません。でも、球場で大爆笑されて、これほど幸せな気分になったのは初めての経験でした。
「イチ、また早稲田の試合を見に来ようね」
こうしてパパローとイチローの神宮球場通いが始まりました。
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