イチローはいぶし銀系?
23日㈯は、イチローの通う綾東幼児園の参観日でした。
その数日前、イチローが、
「家族の絵を描くんだけど、誰を描いたらいい?」
と聞いてきました。
「ママを描いてあげれば」
とパパロー(なんとも奥ゆかしい)。
「パパ、描きたい」
「パパを描きたいの?(ちょっとうれしい)。じゃあ、パパとママの2人は?」
「一人しかあかんのやもん」
「それじゃあ、ママ描いてあげればよいやん」
「パパを描きたい」
「そうなん(かなりうれしい)。なんでパパがいいの?」
「描くの簡単やもん」
それで描いてくれたのが、この絵です。
この日は、子供たちのドッヂボールも見ました。以前、「ぞう組(年長組)」になったら頑張りたいことで、イチローが挙げていたのもドッヂボールでした。
登園していた21人を2組に分けて、プレーボール。パパローが以前から運動能力が高いと目をつけている子たちは、最前列で果敢にボールを奪って相手チームの子を狙いに行きます。
「おお、いいねぇ」
と思いつつ、イチローは? と探すと、なんと逃げるばかり。ボールを取って当てようという気はさらさらなく、まさに専守防衛でした。
ボールを投げることは、生後6ヵ月頃からしていて、今でも野球ボールならけっこう強いボールを投げます。だから、ドッヂボールでも投げれば、強いボールが投げられると思うのですが、最前列で目立つより最後まで生き残ろうという意思が伝わってきました。
試合後、「なんでボール持って当てへんの?」と尋ねると、
「何人残るかで、勝つか、負けるか決まるもん」
考えてますねー。勝敗を考え、少しでもポイントに役立つようにと、ひたすら逃げる。華やかな活躍はしないけれど、いぶし銀系の選手といえそうです。
ただ、イチローの生き残り戦術は、クラスにも認めてくれているお友達がいるようで、逃げるイチローを盾にして、さらに生き残ろうという子もいました。



たけさん、コメントありがとうございました。よく書いてくださいました。といって、何もできませんが、私の仕事やこのブログが、ほんの少しでもお役に立っていれば、とてもうれしいです。
たけさんの「今の日本の教育を根本から考え直していきたいです」という思いには、全く私も同感です。本当に、そう思います。
高岡先生とも、常にそのことについて話していますが、とりあえず、スポーツに関わる分野からというのが現在のテーマです。
現在、私は、ブログにもよく書く綾部高校野球部に、少し関わらせてもらっています。1学年10人少しの部ですが、子供の頃から野球を続けてきて慢性痛で苦しんでいる生徒が多く、今の3年生が2年生の時も、練習に参加できない子が13人中5人もいました。それが、ゆる体操を続けたことで、最後の夏を前にして全員がプレーできる状態まで回復しています。
また、身体面だけでなく、当然ながら精神面でもいろいろと問題があります。そのたびに行動派の監督が走り回り、手を尽くされるんですが、監督も生徒たちにゆる体操を積極的に勧めてくれていて、ゆる体操は精神面でもかなり役立っているようです。
その他にも、ゆる体操を始めたり、拙著『すべてをゆるむこと』を読んで救われたと言ってくださる方がたくさんいらっしゃいます。いずれ、そうした人たちの声や体験談を集め、まだゆる体操を知らず、固まって苦しんでいる人たちにメッセージを発信しようという計画も検討しているところです。
そのようにして、少しずつですが、社会貢献をしたいというのが、私の思いでもあります。
たけさんとは、「思い」が通じ合っていますね。
今後ともよろしくお願いします。
投稿: パパロー | 2009年6月 2日 (火) 03時17分
文章が長くなってしまったので、お時間に余裕がある時でいいので読んで頂ければ嬉しいです。
子供が身体の感覚で生きているというのは、本当にその通りだと思います。
パパローさんや高岡先生の本で勉強(と言えるレベルかは分かりませんが)させていただいてきて、強くそう思うようになりました。
僕はどちらかというと「こまっしゃくれた子」だったので
小さい頃は「心の底」では、やんちゃで楽しい子をうらやましく感じていました。
僕もこうなりたいと思っていました。
本当の事を話しますと、僕は小学校高学年くらいから、
ずっとうつ病やパニック発作があったんです。
今から二年前に心療内科に行って初めて自分が心の病をもっていたのだと自覚しました。
ゆる体操をはじめた高校生時代にも症状はあったのですが、通院していませんでした。
その時代にはうつ病やパニック障害に関する情報が日本ではあまり普及していなかったからなのでしょう。
でも、なにか気分がおかしいとか、吃音だとか、今でいうパニック発作があったので
どうにかしたい!と思うようになったのです。
そんな時に出会ったのが、ゆる体操でした。
正直、現在まで続けていることができるとは当時考えてもいませんでした。
続けることができたのは、ゆる体操が効果抜群だったことが最大の理由であり、それ以外には無いと思っています。
当時は基礎ゆるから学んでいきました。
やってみて自分の体はこんなにガチガチなのかと、ショックを受けました。
試行錯誤しながら、順調では無かったのですが少しずつ体も心もゆるんでくるのがわかってきました。
それがうれしかったんです。
それがもっとゆるみたいというモチベーションにつながりました。
それが今日まで続いている感じです。
そうでなければ僕はとうの昔に心身共につぶれていてもおかしくはなかったのだと思います。
なにしろ中学校の2年生のはじめから3年生の終りごろまで約2年間不登校だったのですから。
いま思い出すと典型的なパニック発作が原因でした。
それでも復帰して高校に進学できたのは、家族や周りの方々の支援のおかげであり、感謝してもしきれません。
不登校の間にも独学で自律訓練法などをやってみて、腹式呼吸にも打ち込みましたが、
やはり家族や支えてくれた方々のおかげなのです。
しかし、なんとか高校に進学しても症状はありました。
何かが自分の中でまちがっているような気がしていました。
体が固まったままで行う腹式呼吸、ただジーッとしているだけのリラクセーション…。
その疑問がゆる理論を学んでいくうちに少しづつ溶けていきました。
本当のところ、今でも薬を服用しています。
それプラスゆる体操で症状を緩和、そして治癒を目指しています。
カウンセリングは一年ほど前から受けていません。
カウンセラーの方が仰るには要するに僕には自分で自分をカウンセリングする能力がある程度あるらしく、それ故もうカウンセリングをしなくてもいいのではないかという判断でした。
カウンセリングは最終的には自分で自分の心をケアする力、メンタルコントロール力をもってもらうのが目標らしいのです。
でも自分では特に意識したことはありませんでた。
思い当たることと言えば、「ゆる体操」です。
その時には体がゆるめば心もゆるむということが実感できていたので、ゆる体操すごいなぁと感心してしまいました。
ゆる体操を始めてからもつらい時期、発作はたくさんありました。
なにせ独学だったので方法などでの間違いは沢山あったのでしょう。
正しい方法で学ぶ認識力に欠けていたのだと思います。
今でもまだまだ硬いと毎日感じています。
でもゆる体操をしていたからこそ、辛いときは辛い時なりに「ゆるんでゆるんで」とやってきたので今の自分があるのだと思っています。
もちろん家族の支えがあっての自分でもあります。
現在は事情があり失業中で、治療しながらゆっくりと社会復帰を目指しています。
長くなってしまいましたが、結局僕が伝えたいのは
子供を固めてしまっては絶対にいけないのだと思うのです。
子供が固まるというのは、その子自身にとって大変つらいと思うのです。
大人が固まっていくのもつらいと思うのですが、大人は自分で対処できます。
その代表が自発的にゆる体操をする事です。
自分で情報を得ることができるからです。
ゆる体操が普及してきて、この点で本当に僕は嬉しく思っています。
でもゆるめなくなった子供は?
ゆるむことの大切さが分からなくなった子供はどうすればいいのでしょうか。
ゆるむことを教われなかったこどもは。
心身からの「つらい、くるしい」という声にならない声をずっと聞きながらも、どうすることもできません。
そういう子供時代を過ごした方を、僕は何人か知っています。
そしてきっと、僕もその中の一人なのでしょう。
パパローさんのブログからイチローくんがノビノビとしている姿が伝わってくると
「いいな、すごくいいなぁ、そのままゆるんでね」
と思います。
今の日本の教育を根本から考え直していきたいです。
僕も少しでもゆるむことができるように、少しづづですがゆる体操をしていきます。
そして固まって苦しんでいる人がいたら
「ゆるんで、楽になろうよ。俺も昔はガチガチだったんだよ?でも想像つかないでしょ?一緒にゆるもうよ」
と言える人になりたいのです。
たとえ言葉に出さなくても、そばにいるだけで相手がゆるめるような…。
遠い道のりだと思うのです。
一筋縄ではいかないでしょう。
でも続けたいんです。
だってゆる体操楽しいじゃないですか~(笑)
そして、チョー気持ちいいですから。
楽チンで、楽しくて心身共に快適になれて
毎日の楽しみなんです
この楽しみをじっくり味わいたいと思います。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
文章が前後したりして、読みにくいかもしれませんが少しでも伝えることができたとしたら嬉しいです。
あぁこんな時間になってしまった

現在AM1:00
さ、今晩も布団にダラーと寝転がって「寝ゆる黄金の3点セット」です
投稿: たけ | 2009年6月 1日 (月) 01時18分
いつも読んで頂いてありがとうございます。
ヒゲの点々を描くのが楽しかったというのは、確かにそうでしょうね。自分の子供の頃、父親のヒゲを楽しくヒゲを描いたことも思い出しました。
また、イチローとはよくじゃれあっていますが、ヒゲのチクチクが痛いみたいで、その印象も強かったのだと思います。
子供は身体の感覚で生きてますからね。
投稿: パパロー | 2009年5月26日 (火) 09時33分
>とパパロー(なんとも奥ゆかしい)。
パパローさん、自分で言ってしまっては…(笑)
そこへイチロー君が
>「パパを描きたい」
と持ち上げて
>「描くの簡単やもん」
( ´艸`)プププ
と落とす
今日も笑わせていただきました
僕も幼稚園の頃、父の似顔絵を描いたのですが
顔中ヒゲだらけにしてしまって
ヒゲの点々を描くのが楽しかったのだと思います(ノ´∀`*)ペチ
投稿: たけ | 2009年5月24日 (日) 19時35分