教えなくてもできること
クルマで幼児園へ向かっていると、後ろからお友達のクルマが近づいてきました。イチロ
ーは振り向いて手を振ったり、笑ったりしていましたが、しばらくすると、そのクルマがJAの農機具販売所へ入っていなくなりました。
「どこ行ったん?」
「お店に入ったね」
「なんで」
「用事があったんちゃう」
「用事があったら、幼児園へ送った後に行けばええやん」
なるほどねぇ。
なかなか頭が働きます。こんなとき、パパローが、
「さすが、イチ」
と言いうと、イチローは、
「さすが、パパの子供」
と言い返すというのが、最近の決まりごとになっています。
うちでは、イチローをよく誉めます。これは赤ちゃんの頃からずっとで、赤ちゃんの頃はミルクの飲みっぷりがいいといっては誉めていましたし、いまでも、たとえば、朝食後に「ウンチ」というだけで、「朝、出掛ける前にウンチがでるとはエライねぇ」といっては誉めています。
まあ、誉めると、お互い気持ちいいですしね。
ただし、ミソもクソも一緒にしたのでは値打ちが下がるので、状況に応じて「さすが、イチ」の言い方を変えています。軽~く言うときもあれば、「さっっっっつすがぁ~、イチッ」と気持ちをめいっぱい込めることもあります。初夏の頃から、「さすが、イチ」と誉めると、「さすが、パパの子供」と言い返すように決めたのでした。
というわけで、生まれてから3年11ヵ月の間に何度、「さすが、イチ」と誉めたかわかりませんが、本当にすごいと思ったのは3度だけです。そのときは「さすが、イチ」とは声がでず、心の中で拍手を送っただけでした。
初めてそう思ったのは、2歳ぐらいのときです。まだ横須賀にいるときで、近所の公園へ行っていました。公園では滑り台でよく遊んでいましたが、ある日、滑り台の一番下の縁に座っていました。両足が滑り台の中で、背中を外側に向けていました。少し離れたところから、それを見て、パパローは、
「まさか、後ろ向きにひっくり返らないないだろうな」
と思いながら近づいていったとき、クルッと後ろ向きに倒れていきました。
「あっ、後頭部を打つ」
と思った瞬間、イチローがパッと両腕を着き、体を支えたのです。とっさの場面で両手が出るという身体能力の高さに驚き、感心しました。
二度目は、今年のゴールデンウィークに、近畿大学と立命館大学の試合を神戸のスカイマーク球場へ観に行ったときです。バックネット裏ではしゃぎ回っていたイチローは、かなり目立っていました。また、学生の試合を観に幼児が来ることは珍しいので、選手の親御さんや年輩の野球ファンに声をかけてもらっていました。
そのとき、トイレかどこかへ行って帰ってきた年輩の男性が、パパローから離れて座っていたイチローに声をかけた後、ほっぺをなでるように両手を出したのです。その瞬間、イチローは、そのおじさんの両手を自分の右手で払いのけました。その様子を見ていて、イチローが武術家のように見えましたね。
普通の子だったら、なすがままに頬をなでられているか、体で逃げようとすると思うんですね。しかも、座っているので腰は動かさず、上体だけ後ろへ動かそうとするでしょう。ところが、イチローは、座ったまま体は逃げず、そのまま右手で払いましたからね。
二度とも、とっさのことです。こういうことは、2、3歳の段階では教えてもできることではないと思います。もう少し大きくなって武術でも習えば、できるようになるかもしれませんが、何も教えてないのに自然に体が反応した、というところが本当にすごいと思うのです。
もちろん、数が20まで数えられるようになったとか、ひらがなを読めるようになったというのも誉めてあげるし、制服が一人で着られるようになったとか、一年以上前に那須のサファリパークへ行ったときの様子をいまでも細かなところまでよく覚えていることにも「さっすが、イチ」と言いますが、とっさの体の反応は、親の予想以上の能力ですからね。こういう天賦の能力というのは、大切に伸ばしてあげたいと思います。
それともう一つ、イチローをすごいと思ったのは、風船で遊んでいたときのことです。風船を手で高く打ち上げ、落ちてきたところをまた手で打つという遊びをしていたとき、イチローは、早く風船を打とうとして早くから手を伸ばしていたんですね。でも、腕が伸び切った上体で手を風船に当てても、風船は高く上がりません。それで、
「イチ、もっと風船を引きつけて。我慢して落ちてきたところをパッと打つんだよ」
と言いました。すると、つぎには、その通りできたんです。顔のすぐ上まで風船が落ちてくるのを待ってから、パッと打ち返し、それからはずっとそれができました。
ビックリしましたね。これって、野球の指導そのものなんです。ボールを引きつけてパッとバットを振る。ポイントを近くして鋭く叩けということです。それと同じことが、たった一度のアドバイスですぐに実行できた。
これは教えたことがすぐに実現できるという能力ですが、こういう能力も大切に伸ばしてあげたいと思っています。


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