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2009年11月12日 (木)

嵯峨野トロッコ列車に乗ってきました。

091110_  10日の誕生日には、幼児園をお休みして「嵯峨野トロッコ列車」に乗ってきました。

091110__2  トコッコ列車は、亀岡と京都の嵯峨を結ぶ観光列車で、保津川に沿って走ります。そのため、景観がすばらしく、紅葉の時期に乗りたいなと思っていました。イチローは、車内で家族3人の記念写真も撮ってもらって喜んでいました。

 パパローは、そのトロッコ列車の線路が、かつての山陰線の線路だったことに感激でした。子供の頃、SLに乗って綾部から京都へ行くのが楽しみでしたが、トロッコ列車の線路は、まさに当時のままでした。

 嵯峨駅で降りて、そのまま嵐山へ。嵐山も、一度家族で来たいと思っていたところでした。                                              

イチローは、もちろん初めてで、ママローは埼玉から来た家族旅行も含めて3度め、ハパパローは、子供の頃以来、たぶん2度めです。 091110__8

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 ただし、イチローは、嵐山の景色より、お土産選びに熱心で何軒ものお店であれこれ見た結果、選んだのが、なんと、まるで本物のパンがついているようなストラップでした。  20091112

府立工業対塔南の練習試合を見てきました。

 8日の日曜日、福知山の府立工業のグラウンドへ行き、塔南高校との練習試合を見てきました。イチローは、府立工業へ行くのは初めてで、「府立ぎょうきょう、行くん?」なんて言ってました。

091103  実は、塔南に森脇君、府立工業には西山君という好投手がいて、パパローとしては、かなり興味のある試合でした。ただし、その後に用事があって、試合の途中で帰りましたので、7回まで3対1と府立工業がリードしているところまでしか見られませんでした。

 普通の高校の目線で見れば、さすが好投手対決。両投手とも140キロ近いストレートを投げ込み、練習試合とはいえ、緊迫感のある試合だったと思います。

 ただし、福知山成美クラスの目線で見れば、長いオフを前に、両投手の苦悩ぶりが伝わってくる試合でもありました。

 森脇君は、1年生の昨年、プロ野球のスカウトが福知山成美の長岡投手より楽しみと高い評価をしていて、スカウトからもよく名前を聞きました。ところが、2年生になった今年は、持ち味だったストレートのキレが鈍り、打ちこまれる場面もよく見られ、スカウトから名前も聞かれなくなりました。

 この日の練習試合では、なんと、たまに横手から投げていました。なんでも、球種がストレートとスライダーしかなく、狙い打たれるため、横手投げも加えたということのようです。

 一方の西山君は、秋の大会の時と比べて、フォームが少し変わっていました。そのため、やや腕の振りのシャープさが失われたように見えましたが、どうなのでしょうか。

 ただ、塔南は、京都成章で全国準優勝の経験のある奥本監督、府立工業は、峰山高校を春の甲子園に導いた守本監督と、指導力に定評のある監督が導いておられます。ひと冬越して、たくましくなった両投手に期待したいと思います。

 イチローは、あまり試合を見ず、グラウンドの周りの草をちぎったり、小枝を拾って遊んでいました。その姿を見て、横須賀に住んでいたとき、たまに行った横浜高校の長浜グラウンドを思い出しました。イチローが2歳、3歳の頃で、よくグラウンドの周りのどんぐりを拾っていたものです。

 ちなみに、綾部高校の野球部は、最近、インフルエンザによる学級閉鎖の影響もありますが、蒲田監督のもとで練習に励んでいます。とくに投手陣が少しずつ成長しており、インフルエンザや学級閉鎖で主力を欠いても、練習試合で健闘しています。ひと冬越して、どれだけたくましくなっているか、こちらも楽しみです。

2009年11月11日 (水)

6歳になりました。

091025  11月10日に、イチローは6歳になりました。これまで元気に育ってくれたことに、感謝したいと思います。また、6年前、イチローの誕生を心から喜び、分娩台の上でバットの握り方とフォークボールの握り方を教えたことをいつも忘れず、イチローに接していきたいと思っています。

 これからの1年間には、小学校入学という大きなイベントがあります。9日には、入学する上林小学校へ行って、健康診断を受けたり、5年生のお兄さん、お姉さんたちに遊んでもらったりしてきました。

20091110  そのとき、自分の名札を自分たちで作ったのを見て、保護者への講演で来られていた先生が、「もうひらがな書けるのかあ。小学校で何を習うの?」と言ったら、イチローが「漢字」と答えたそうです。さすが、勉強やる気満々のイチロー君です。

 バースデーケーキは、恒例になっている綾部のシャトレー・シラキさんに20091110_2 お願いしました。今年は、イチローのはまっているテレビアニメ『CODEリョーコ』のイラストをお願いするのかと思ったら、マリナーズのイチローでした。

 さすがにポイントは押さえてきますねー。

2009年10月26日 (月)

なぜ、こんなに脚の長い絵を描いたのか?

0908  前回のブログで、イチローの絵を載せたら、「なぜ、こんなに脚を長く描いたんですか」と尋ねる人がいた。

 イチローに聞いても、その理由はよくわからないので、推測すると、イチロー自身が、そういう身体意識をもっているからだと思いますね。つまり、水着をつけた時、イチローは、おそらく自分の脚は、みぞおちのあたりまで分かれていると潜在的に感じているのでしょう。

 といえば、もうピンときた人がいるかもしれません。

 バタ足ですね。

 イチローは、今年の3月までスイミングスクルールに約9ヵ月通っていました。そこでバタ足を教えてもらいましたが、ポイントは、ヒザを曲げずに足をバタバタさせることでした。

 そのため、毎晩のように、このバタ足の練習をしました。その時、パパローが教えたのが、脚がみぞおちのあたりまで長くなったつもりでバタバタさせることでした。こういう意識をもつことで、無駄な力を抜いたまま脚をバタバタさせることができます。専門的には、「割れ腰」と呼ばれる身体意識です。

 というわけで、水着姿の絵を描くと、イチローは、潜在的な感覚で脚はこの辺まで分かれていると思ってしまい、自然に、これだけ脚の長い絵を描いたのだと思います。

 ですから、パパローは、この絵を見た時、「おー、練習の成果が、こんなところにも出たなあ」と思ってうれしかったです。

 

2009年10月23日 (金)

勉強は野球を通じて。

0908   最近は、素早く夕食も、お風呂も済ませ、夜の8:30から始まるアニメ『CODEリョーコ』を待ってい ますが、先日、こんなことを言ってました。

「時計は、じっと見とったら、なかなか進まんで」

 こんなことが言えるんだなあと思うと、何かに夢中になるということは、やはり大切なんだなあと思いました。

 

さて、前回の続きですが、イチローの「小学校へ行ったら勉強をしたい」という気持ちは大切にしてあげたいと思っています。というか、パパローの感覚では、すでに野球を通じて勉強を始めていると思っています。

 たとえば、2歳の頃には、金本選手や藤川投手などの背番号を見て数字を覚えましたし、今は、野球を見ながら、得点の簡単な足し算くらいはしています。また、プロや大学の応援歌を覚えたことで、「掃天かける日輪」(阪神タイガース)とか、「光輝あまねき伝統のもと」なんて言葉も覚えています。

 実は、パパローは、小学の頃、甲子園に出場する学校の所在地を地図で調べ、甲子園まで電車で来る場合、どのルートで来るのかをたどっていました。留萌高校が初出場した時には、「るもい」という響きにワクワクしながら北海道で「留萌」を探したのをよく覚えています。

 また、都市対抗野球も見ていたので、各都市の産業も自然に覚えました。「川崎市代表は東芝」と知っていれば、川崎市の産業は「電機」と答えられ、「浜松市代表はヤマハ」と知っていれば、「浜松市では楽器作りが盛ん」とすぐにわかります。野球に限らず、社会人スポーツを見ていれば、各地の産業がわかり、おまけに、「日本は確かに資本主義国なんだなあ」と思ったりしました。

 さらに、小学6年で憲法の条文を覚えた時は、当時ファンだった巨人の選手の背番号で覚えました。たとえば、第一条なら、王選手が現れ、「象徴天皇制」と言ってから、王選手が「天皇は、日本国の象徴であり」というように話してくれるというイメージで覚えました。野球を通じて、いくらでも勉強はできると思います。

 それ以外でも、野球のことを知るために新聞を読むようになったり、テレビニュースを見るようになったりして、それが、のちに大きく役立ちました。

 また、タイガー・ウッズの高校の数学の先生が、「タイガー君は、ゴルフが忙しくてなかなか学校に来られないけれど、ゴルフ場で代数や幾何を勉強している」と言ったように、野球のプレーをしていても、たくさんのことが学べます。

 パパローは、勉強が目的になると、子供がかわいそうだと思います。受験のためとか、成績をあげるため、数字を追いかけるようになると、誰でも苦しいものです。だから、勉強は、夢中になっているものを通じて楽しくできればと思っています。

 というわけで、イチローの勉強への意欲は、野球を通じて、かつ、いろんな側面から満たしてあげたいなと思っています。

2009年10月19日 (月)

ベーンキョ、ベンキョ、ヤキュー!

 20091010                    来年、小学校に入学するイチローが、

「一年生になったら」

と歌うので、「友達100人できるかな」と続けるのかと思ったら、

「ベーンキョ、ベンキョ、ヤキュー」

と叫びました。小学生になると、勉強するぞと燃えているらしく、普段から、

「小学生になったら、学校から帰っても遊んどったらアカンで。宿題せなアカンもん」

と言っています。

 パパローとしては、そのうち、「塾に行きたい」なんて言い出すんじゃないかと不安です。パパローは、子供の頃、塾に通ったことがありませんし、イチローにも行ってほしくありません。最大の理由は、「時間がもったいない」です。

 勉強は「読み、書き、計算」ができれば、それでいいと思います。塾に行くより、他にすることがあるだろうというのが基本的な考えです。パパローの場合は、それが野球(プレーと観戦、新聞、雑誌のチェック)と読書でした。

 でも、実のところ、イチローは塾に行くとは言わないと思っています。入学予定の上林小学校の同級生が、(今のところ)9人で、わざわざ塾に行かなくても、まるで塾のような少人数制だからです。

 現在の1年生(6人)の授業を見学に行きましたが、先生は、全員が理解したのをしっかり確認してから授業を進めておられました。上林小学校では、ここ数年、このような少人数制の授業が行われており、これは上林中学校でも続きます。

 すると、いわゆる「落ちこぼし」「落ちこぼれ」が発生しにくく、綾部高校や福知山成美高校へ進む上林小、中の卒業生は学力レベルが高いらしいです。さらに、高校でも大学進学を目指して勉強した子は、京都大学を始め、関西の有名大学に進んで行きます。小学1年から9年間、少人数制の教育を受けるため、基礎学力がしっかり身につくようです。

 というわけで、1年生になったら、勉強に意欲を燃やすイチローも、わざわざ塾に行かなくても、学校で普通に勉強するだけで十分というわけです。こうした環境(勉強面だけではありませんが)を気に入って、都市部から転入される家族も増え、本当は、当初6名の予定の同級生が、今では9名に増えています。

 だから、イチローも、1年生になったら、本人の希望通り、学校で普通に勉強をしながら、放課後や休日は野球を思い切り楽しめばいいなあと思っています。

 田舎で良かったです。

2009年10月13日 (火)

イチローは、『CODEリョーコ』に夢中です。

 イチローは、現在、『CODEリョーコ』というテレビ番組に夢中です。

20091012_code 『CODEリョーコ』は、「トゥーン・ディズニー」というチャンネルで放映しているフランスのアニメで、6月頃、たまたま見て夢中になったのですが、7月に放映を終了しました。とても残念がっていたところ、9月頃から再開されたのです。

 現在は、土曜から水曜日まで毎日放映されています。週末は午後3時半からで、平日は午後8時30分からの30分です。そのため、平日は、午後8時半までに夕食もお風呂も済ませて待っています。

「リョーコ」というのは、スーパーコンピュータにある仮想世界のことで、コンピュータ・ウイルスに支配されています。そして、そのコンピュータ・ウイルスが、現実の世界へも攻撃を始めました。この事実を知ったフランスの大学生4人が、コンピュータ・ウイルスの現実世界への攻撃を阻止するため、仮想世界へ行って戦うという話です。

 仮想世界へ行くことを「バーチャライゼーション」と呼ぶようで、スーパーコンピュータを操る男子学生のジェレミーが、「ウーリック、転送開始」、「スキャン」、「バーチャライゼーション」と順番に言いながらキーボードを操作すると、男子学生のウーリックが、戦士となって仮想世界リョーコに入って、コンピュータ・ウイルスと戦います。このときだけ、ウーリックたち戦士は3Dで描かれています。

 イチローが、登場人物で一番好きなのは、このウーリックです。剣をもって戦い、最も強いからだそうです。ただし、最近、「ウーリックって、全然笑わなんなあ」と、現実社会でも全く笑わない学生であることに、お笑い大好きのイチローは、少し不満のようです。

 それでも、放映が終わると、ほんの少しの間だけ、ウーリックになり切ってひと暴れします。

「イチロー、偉いぞ」と思ったのは、幼児園で『CODEリョーコ』ごっこを1人で始めたと聞いたときです。よく、1人で遊びを始めるなあと思って、そのベンチャー精神に感心しました。

 今では仲間が2人いるそうです。1人は番組を見ていて、もう1人は見ていないので、イチローの後にくっついてマネをしているそうです。

 先日は、ついに『CODEリョーコ』が夢に出てきたと言ってました。夢中になっていることが、文字通りに、夢の中にまで出てくるとは、なかなかいい経験をしているなあと、高校時代の定期試験の勉強で、一気に暗記した内容を夢の中で復習していたパパローとしてはうれしくなりました。

2009年10月 9日 (金)

運動会がありました。

 昨日(7日)は、朝7時の時点で綾部市に「大雨、洪水、暴風警報」が出ていたので、綾東幼児園は臨時休園となりました。

091003_  その4日前の3日(土)に、幼児園で運動会がありました。前日に雨が降り、「たぶん延期だろう」と思ったのですが、子供たちがてるてる坊主を作って雨雲を吹き飛ばしたのか、当日は晴れ間が広がり、運動会日和となりました。

091003__2  イチローは、かけっこやリレー、太鼓、ダンス、親子競争に参加しました。まず、横須賀時代に、2歳で運動会に初参加した時、ダンスの最中に棒立ち後、グラウンドに引かれた石灰に興味を持って触っていたことを思い出すと、ずいぶん成長したものだなあと思いました。

 また、昨年と比べても、太鼓やダンスにメリハリがついてきて、一年でも、ずいぶん成長するなあと思いましたね。

 走るのは、クラスでも速い方ではあるようですが、俊足4人に比べると、ちょっと差をつけられますね。瞬発系の筋肉には、あまり恵まれなかったようなので、将来的には、それを踏まえてトレーニングしていくことになるなあと思ったのでした。

 実は、この日は、秋季京都府高等学校野球大会の準決勝。近畿大会への出場を決定する大事な日でした。パパローは、特に2試合目の福知山成美対塔南戦を見たかったので、試合の途中からでもいいから、運動会終了後、ただちにわかさスタジアム京都まで駆けつける予定でした。球場までは、クルマで一時間ちょっとかかります。

 ところが、なんと、イチローの運動会は予定通り行われたのに対して、高校野球は、朝方の☂の影響で、一時間遅れの試合開始。おかげで、家族3人で駆けつけ、福知山成美戦は、ベンチの上で応援しながらたっぷり見られました。

 こういうとき、パパローは、「何かに守られているなあ」と安心します。

 試合も、8対5で福知山成美が勝ち、近畿大会への出場を決め、イチローも「よっしゃあ!」と雄たけびをあげていました。今年の秋は、綾部高校が早く負けたので、今は福知山成美です。昨年に引き続き、春のセンバツに出場してほしいです。

 ちなみに、イチローは、福知山成美の校歌を何度か聞いていて、「幸あれ~、母校」が面白いと気に入っています。

2009年9月24日 (木)

監督が代わりました。

 090911

 朝、けっこう涼しくなってきた今日この頃。先日、起きてきたイチローが、

「寒い、寒い。今、こんなけ寒かったら、冬、どうなるん?」

と嘆いているので、

「冬になったら、ストーブつけるし、コタツもあるやん」

と言うと、

「あっ、そうか。ちゃんちゃんこも着るしなあ。それから、扇風機もつけるし」

「そうそう、涼しい風が吹いてきて、       寒いわッ」

 朝から、イチローとパパローは、こんな会話をしています。

さて、

「体をゆるめる」ということにとても理解のあった綾部高校野球部の監督が、校務の多忙なこともあって退任され、新しく、顧問の蒲田(かばた)先生が監督になられました。

20090911 イチローは、前任の梅原監督にもかわいがってもらっていましたが、蒲田先生とも練習の合間に遊んでもらったり、お昼の休憩には、一緒にご飯を食べに行ったこともあるなど、とてもなついています。

 これからも綾部高校へ通って野球を学び、新監督や選手たちと交流できればと思います。そして、来年の夏には試合に勝って、念願の校歌が一緒に唄えればと思います。

  英語の先生でもある蒲田新監督は、綾部高校に赴任されて2年目。今の2年生が入学した時からなので、その前から野球部に通っているイチローの方が”先輩”になりますね。

 そういえば、最近、イチローは、野球部での態度がでかくなって、

「もっと早く練習に来なさーい」とか、

「ホームラン、打てよぉ」

などと叫んでいますが、野球部に関わる期間でいえば、どの選手よりも長くなっています。

 

 選手たちには、イチローが、綾部高校時代の杉山投手(現巨人)のピッチングを見て、思わず、

「杉山くんて、カッコイイなあ」

と漏らしたように、イチローが真似したくなるような選手に成長してもらいたいです。

2009年9月13日 (日)

甲子園に行ってきました。

0908  9月9日は、幼児園の月に一度のお弁当の日で、今回、おかず部門はパパローが担当しました。お迎えの車の中で、

「お弁当、おいしかった?」

と尋ねると、イチローは、

「うん」

とにっこり。

「何が一番おいしかった?」

「梨」  (皮、むいただけやっちゅうの)

「二番目は?」

「ミニトマト」 (洗っただけやろが)

「三番目は?」

「ブロッコリー」  (茹でただけや」

 まあ、関西人として、答え方もずいぶん上手になりました。

090911_2  11日には、阪神対横浜戦に行ってきました。金本と浅井がホームランを打って、能見が好投。2対1で勝った試合です。

                      20090911席は、前回と同じレフト側外野席で、周りの応援は熱いし、守備につく金本の近くということでイチローが気に入っているところです。しかも、今回は、2回に金本と浅井のホームランが飛び出し、その打球がバッチリ目で追えたことで、大喜びでした。

  その後も、阪神の攻撃のたびに、スティックを叩いて応援。周りのファンと合わせて楽しそうでした。

今年の甲子園観戦は、これで終わりです。

 今年は、新型インフルエンザ騒動で自粛したり、食中毒になって行けなかったりありましたが、野球のことがだいぶわかり、長く野球を見られるようになった一年でした。昨年は、ご飯を食べたら、野球より客席の人たちに興味をもち、ずっと見ていたり、お話をしてもらったりしていましたが、今年は、野球そのものに興味をもてるようになりました。

 おそらく、大きくなって思い出してみてと言っても、ほとんど忘れてしまっていて、思い出せないと思います。パパロー自身も、幼稚園や小学生低学年の頃、高校野球を見に甲子園へ連れて行ってもらっているようですが、座席を道路に見立て、車を運転する真似をして歩いていたという記憶しかありません。

 パパローが、最もよく覚えているのは、中学生から高校生にかけて見た試合です。高校時代の江川や定岡、巨人の王や長嶋、阪神時代の掛布など、本当に細かな動きまでよく覚えています。そして、脳にインプットされている彼らの動きが、事あるごとに映像としてよみがえり、それが、今の仕事や、いろんな意味で人生の楽しみにつながっています。

 中学生、高校生の頃の記憶が、30年以上経った今、これだけ鮮明によみがえるのも、やはり、幼稚園の頃から甲子園に連れていってもらっていたからだと思います。幼稚園時代の脳に野球の試合が強烈にインプットされているから、中学、高校生時代に見た試合が、より強烈な記憶として残っているのでしょうし、また、幼稚園時代の体験を通じて野球が大好きになっていたから、今でも記憶が鮮やかによみがえるのだと思います。

 コツコツという人生の積み重ねは、本当に日々刻々と行われているのだと思います。

«この夏、最初で最後の海へ

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